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リブラの顔!

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下は世界的に有名なヴィーナスちゃん。

リブラん、、、あと少しー!
個性はイキきっちゃうのが手ですな。。。
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by usa-kunisachii | 2014-09-23 23:32  

十牛図、番外編、まとめ

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この十牛図シリーズは、以前読んだ本を早巻きでまとめてみました。
三日間の徳島帰省を終えて、4日めの今日、また四国を横断し船で別府へと戻っています。

84歳の父母は、少しシュリンクしていました。
昨日、近くの畑の真ん中に建設された巨大モールのスタバに母とお茶を飲みに行きました。(スタバのオーダーの仕方を伝授するの巻)

私は母に言いました。
母ちゃんは満州も、戦争も、高度成長期も、携帯も、スタバも経験するって、1番変化の大きい時代に生まれてお得だね。
近所のスタバでお茶出来るとはねぇ。
私はまだまだだけど、父ちゃん母ちゃんに育てて貰ったから、まともに育ったと思うよ。だから心配せんでね。(一生懸命練習した言葉でした)

その言葉は届いたのか届かなかったのか、帰りが遅くなったと言いながらバタバタと家に戻りました。
でも母は満足そうでした。

さて、十牛図の続きです。

牛を求め、牛の足跡を見つけ、牛と出会い、牛を捕まえ、牛を飼いならし、牛とともに人里に帰り、あるがままに生き、そして消えて、風景だけになり、最後に布袋和尚となったこの十牛図の主人公は、まさに本当の自分を見つけ、同時に宇宙と一体となった存在なのです。

その布袋和尚の何ものにもとらわれていない姿に接すれば、誰もが、何かにとらわれることの愚かさを悟ります。布袋和尚の周囲にいる人々は、布袋和尚の姿を見ただけで、悟りの境地に到達することができるのです。

あ、フェリーが別府湾に着いた模様。この話しはこれでおしまい。

わたしの十牛図 より抜粋
三田誠広
佼成出版社
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by usa-kunisachii | 2014-09-23 19:59  

十牛図、10. 入てん垂手、これが本当の自分だ

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第一章で出てきた若者は、第八章で姿を消しました。
若者は布袋様となって再登場です!
布袋様は新たに現れた若者に何かを託そうとしています。
本当の自分を求める志、といったものでしょうか?
そして、若者は、牛を求めて山奥へ入っていく。無限の連鎖が始まることになります。

布袋様は、どんな風に見えますか?
布袋様は厳しい戒律主義や禁欲主義とは無縁のように見えますね。
布袋様はまるでサンタクロースのように見えます。

答えようのない人生の難問に直面して、身動きもとれなくなっているとき、あなたは禅の極意に触れているのです。それが、人間、です。
それが、本当の自分、なのです。
その身動きもとれない難問を、自分だけに与えられた特権だと受け止めて、その難問を楽しもうではありませんか。

人生にはユーモアが必要です。
答えようのない問いに答えなければならないような状況に立たされたら、酒でも飲んで、リラックスすればいいのです。

進むも自由。
退くも自由。

喜びも悲しみも、人生という素晴らしいドラマだと考えて、ただ静かに楽しんでいる。
そういう個人的な楽しみが、少し飽きてきたら、世のため人のために尽くす。
でも、むきになる必要はありません。気が向いたら誰かにサービスする。
気が向かなければ、のんびりと、寝転がって空でも眺めていればいいのです。

続く
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by usa-kunisachii | 2014-09-23 19:33  

十牛図、9.返本還源.ここに自分はいない

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話しは、空、で終わりません!
空で終わってしまっては、人生を生きる喜びがなくなってしまいます。

解説の詩が全てを表しているので書き写します。

元来清浄にして、
一塵の汚れもない。
世俗の喜怒哀楽を覚えつつ、
同時に悟りの境地にひたる。
すべては幻影であるが、
幻影もまた美しい。
目に映る風景は美しい。
ただ静かに眺めていよう。
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by usa-kunisachii | 2014-09-23 18:13  

十牛図、8.人牛倶忘 そして消える

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驚くべきことが起きました。
全て消えて、まったくの空白です。

最新の物理学の世界では、陽子、中性子、電子といった素粒子と呼ばれる領域では、粒子は存在しているのではなく、ぼやけた雲のような実体として存在しているのでした。

仏教の世界観と現代科学、とくに原子物理学は驚くほどに類似していることが分かります。

色即是空、空即是色。

これはまさに、原子物理学の世界観なのです。
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by usa-kunisachii | 2014-09-23 18:05  

十牛図、7.忘牛存人 、あるがままに生きる

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悟りの境地に達した若者の生活は、世界が輝いて見えました。

自分の価値観で世界を見る、美しいものは美しい、いやなものがあれば、いやだと思う。そういう喜怒哀楽を大切にするのです。
既存の価値観をいったんゼロにしてしまいましょう。
本当の自分を求めているつもりでありながら、実は、他人の価値観、評価を意識していることが多いのです。

欲望をもたずに、意欲をもつ。
これは、簡単にいうと、人のために尽くしなさい、ということになります。
無私の精神で努力する。他人の評価や報いを期待しない。
努力によって、自信がつき、本当の自分が作られていきます。

もし、あなたが努力をしても成功しなかった場合には、気持ちを切り替えてください。
あなたの代わりに誰かがチャンスを活かして、世のため人のために尽くしているのです。
頑張ろうとして、頑張れないとき、
自分が運に見放され、失望する様をただ眺めていることしか出来ない。
人生の中にさ、そういう瞬間も、必ず訪れるのです。

ただ眺めているしかない、わたし、とはそういうものです。
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by usa-kunisachii | 2014-09-22 17:45  

十牛図、6.騎牛帰家、日常生活への復帰

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若者は牛の上に乗って楽しそうです。
綱はもう必要ありません。
あるがままの自分とあるべき自分がぴたりと重なった状態になったのです。
自然と融合し、無我の境地に到達しているように見えます。

仏教は、世界を変えようという宗教ではありません。
ただ静かに認識をして、輪廻の恐怖を回避する。そのために、わたし、というものはいない、という境地を、最終的な目標としているのです。

牛と共に若者が里へ帰る、という意味は、喜怒哀楽を感じながら、その喜怒哀楽に心が動揺することがないということでしょう。
対象との距離がとれていれば、何が起ころうとも、動揺することはありません。
その上で里に戻り、里の風景を眺める。美しいものがあれば、その美しさを愛でる。悲しいことがあれば、胸を痛める。そうやって、人生を静かに楽しむ。
これこそが、牛を求めた若者が到達した、達観した境地なのです。
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by usa-kunisachii | 2014-09-22 17:25  

十牛図、5.牧牛 本当の自分と一体となる

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牛は若者に懐いているようです。
若者は綱を握り、本当の自分というものを、完全に掌握したようです。

さて、1〜5の若者は旅に出たと書きましたが実は山の禅寺で修行をしていたのです。
6から、いよいよ世俗の世界へと帰ります。
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by usa-kunisachii | 2014-09-21 19:21  

十牛図、4.得牛、 本当の自分に触れる

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第3章で、合理的な選択というこだわりから解き放たれた若者は、
牛に綱をつけることに成功しました。
だけど、牛は思うように動いてはくれません。

言葉だけの理解ではなく、心でつかむ。
実はこれが、一番難しいのです。

私たちは、宇宙と一体となって生き、自らが菩薩であると気づき、菩薩として世の中のため人に尽くす。
これこそが本当の自分ではないでしょうか。
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by usa-kunisachii | 2014-09-21 19:06  

十牛図、3.見牛、あるべき自分を見つけだす

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ついに若者は、山奥で牛の尻を見つけたようです。

本当の自分を見つけるために旅に出た若者は、

慈悲の心を持ち、宇宙と一体になった。
そのとき、はっと、自分を求めるというエゴから解き放たれた。

本当の自分とは、
実は、自分というものは存在しない、
ということを知っている自分なのです。
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by usa-kunisachii | 2014-09-21 17:45